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お知らせ

2018年12月02日

【冬の大祭のご案内】

 

 

◎期間    一月六日~一月二十二日迄

      (旧暦十二月一日~十二月十七日迄)

 

 

◎受付期間  十二月一日~一月六日当日迄

      (旧暦十月二十四日~十二月一日迄)

 

 

◎法目    上品    五十五万円也

       

       中品    三十三万円也

       

       下品    十一万円也

 

 

※)功徳大変好まれます大祭期間中の

各種 秘法 仏像 御守り

等については

ご相談の上、厳選を以ってその旨お返事させて頂く形になりますので、

どうかご理解下さい。

 

 

【趣旨】


 

聖天教の冬の大祭とは、愛染大聖歓喜天の御降臨と男天の毘那夜迦神を供養し祝う

夏の大祭に対し、

女天様を供養しお祝い申し上げる行事であります。

従ってこの冬の大祭は、聖天教にとって、無くてはならない

二大大祭の一つでもあります。

比類なき大いなる自在のお力を発動されながら、そのお力ゆえに、

時には超過し度を失う功徳をたれ給うてしまう男天様を、

その大いなる愛でしっかりと抱擁なされ日々男天様をお導きになられる女天様は

美しくも尊い比翼連理としての聖天様の愛の半身半神であられます。

もし男天様が信徒の願いによっては頑なにお聞きして下さらない

ご様子をお見せになられる時、

女天様は、その大いなる美と深い慈しみのお心を、

男天様への大海のような愛として惜しみなく注がれ

摩訶不思議な奇跡功徳の発揚へと常にお導き下さります。

旧暦の十二月一日より十四日間、厳密に申せば洗浴日を含めその前後十七日間

(聖天教では今年から行事に旧暦を仕様する事により日本で唯一の

古式の聖天法に忠実になぞらえた秘法を実現しております。

このような聖天寺院は聖天教だけです)

聖天教では、女天を大いに哀愍供養申し上げる事により、

聖天様の男女二体一天の深い愛心を更に満たし、

大いなる愛染双身大聖歓喜天様の御功徳の現出を垂給わんと欲します。

云うなれば女天様の愛の御誓願に大いに甘えさせて戴くという

聖天教の最上深秘の祭典なのであります。

また、この冬の大祭は聖天教にとって、そして我々信徒にとって

何より我々の崇めてならないご本尊様にとって

一年を締め括る、最後の大きな行事でもあるのです。

それは信徒それぞれが、その一年を振り返りながら、

ご本尊様と教主と、そして、教えの兄弟達と

思いを清らかに寄せ合い、通念し合いながら

あるいは啓発し合い、あるいは内省し合い、

やがては大祭の喜びで歓喜を高らかにする女天の意識と

信徒救済に命をかけて秘法を修する教主兆象との

意識との見事な迎合、融和を実現させ

聖天教の教えの兄弟達が互いの心願成就を真に祈り合うという理想の容ち

を追及完成させる美しい大祭でもあるのです。

もう大半の信徒様がお気付きだと思いますが

最近の教主兆象大宰の類まれなる神通力は

北方領土問題や隣国の政治状況などを見ても明らかです。

まるでその場に教主が居合わせたかのように

年頭の予言が詳細に現実になって行く様子からもお解りのはずだと思います。

そして信徒である私達は

この教主が眼前で実際に起こす神通力を

体験目撃する事によって、私達の信仰心が更に増すばかりか

高揚と興奮を隠しきれないままに教主兆象とご本尊様への深い縁を

求めて止みません。

平成時代も終わろうとしている今、

今一度今年一年の教主の事績を振り返ってみましょう。

・トランプ大統領の自宅の火災。

・突然の米朝和解。

・お言葉の終わりに予言された直後に関東で震度5の地震発生。

・予言的中の告知の最後に地震発生の注意を呼びかけた

翌朝大坂北部地震発生。

・告知で西日本の水害を注意喚起ると予言すると未曾有の水害西日本豪雨が発生。

・台風21号の発生と被害を的中。

・2018年に起きる諸々の水害と地震の発生の予言をいち早く告知し

それは的中した。

・信徒の求めに応じ聖天秘法を修し、信徒の注目する中

台風が逆回転するという気象史上初の奇跡をもって

酷暑を潤わす。

・もう台風は発生しないと各メディアが唱える中

台風の発生を予見、見事的中。

・地震発生を予言し、注意喚起すると短期間で北海道大地震が発生。

以上の的中の他に

今年日本中に蔓延した病を見事に的中させたばかりか

そのご活躍は

先日起きたドイツ銀行の家宅捜査の事件からも解るように

まるですべてを奇跡的中によって飲み込んでしまう勢いで

教主の活躍と神通霊能の証明は今この瞬間も

現実となって発生し続けているのです。

そして常に教主の傍らに待機する私は

またも一年を総括するにふさわしい

奇跡を、ご本尊様と教主兆象の間近で実体験する事が出来ました。

それというのは

競馬です。

信徒様の中でギャンブルに依存し、せっかく成就したにも関わらず

その家庭を崩壊させるまでのめり込んでいる方がいらっしゃったのですが

その方は何かで気持ちが大きくなったのでしょう、

今年行われた天皇賞になんと

人気ユーチューバーの真似をして

500万もの大金を掛けたのです。

さすがに本人も掛けた後心配になり、私に泣きついてきました。

「もし、このお金が無くなったら、妻も子供も死ななければいけない

どうか兆象先生に伝えて下さい、勝たせて下さい。

もし勝たせてくれたなら競馬を辞めます。

僕と家族を殺さないで下さい」そう断ち物を約束しながら

電話をかけて来たのです。

教主兆象はこの報告を私から聞き大変驚いて、

私を呼び、ポータブルテレビを祭壇に持って来られました。

愛染聖天様の扉をあけ、お茶と歓喜団を上げ

午後でしたので、華水供を修し始められたのです。

教主は内容がギャンブルなだけに

大変怒っているようでしたが、信徒の危急の為

邪念を払い集中されておりました。

「聖天様、このテレビを見て下さい。どうかこの競馬に掛けた信徒が

お金が戻ってくれば改心し、以後絶対に博打をしませんと約束しましたから

どうか助けてやって下さい」

教主兆象の祈願の傍らではテレビでレースが始まろうとしています。

正確には始まろうとしていたのですが

中々それは始まらないのです。どうも様子がおかしいので

そこで教主の祈願をよそに私がテレビを凝視すると

なんと8番タンビュライトという馬が

まるで悪霊か何かに憑依されたように(すくなくとも聖天様の法を修している

事を知っている私にはそう見えました)

暴れ出し、騎手を振り落とし、逃げてしまったのです。

(YouTubeやニュース等でご確認ください。大騒ぎでしたのであります)

そしてその馬の失格が確定すると

拝んでいたはずの教主兆象が私に

「信徒さんの掛けた馬のメモを見せろ、見せろ」というのです。

そのメモには500万掛けた馬券の番号が書かれており

それは全て8番に絡んだ馬券の番号でした。

全く競馬を知らない私と、そのような場合どうなるのか

わからなかった教主は

てっきり掛けた馬が失格になったので

負けたてしまったと思い込み、レースを最後まで観ず

テレビを消し、祈祷だけは最後まで済まし

お堂を後にしたのですが、

すると直ぐに信徒から興奮して泣きながら連絡が

あったようなので内容を聞くと

なんとほんとうに奇跡な事に

8番の馬が失格したお陰で、掛けた500万が全額そのまま

却って来たというのです。

本人は勝ってこそ利益は得られませんでしたが、テレビを見ていてい

8番の馬の暴れる様子を見て

聖天様が馬に取り憑いて、失格させたと確信されたらしく

「何百万人という人が注目する天皇賞で、ご本尊様は

僕一人の為に馬に取り憑いて失格させ、僕にお金を返してくれたばかりか

その不思議な奇跡を僕に体験させて、僕にギャンブルを辞めるよう

導いて下さったんだ、だってもしあそこで

僕が勝っていたら逆にまた旨味を感じ、ご本尊様との約束を破って

後日必ずギャンブルに手を出していたに違いありません。

ご本尊様は本当に、本当に、神様しか考えられない、

不思議な方法で、僕を気付かせてくれたんです。

このレースでお金を失ったら一家で心中を考えていた僕に

気付きと大切な命を与えて下さったんです。聖天教のご本尊様は生きています。

なぜならご本尊様の霊体が馬に乗り移った、聖天様の生の姿を

見てしまったんですから、あれは聖天様のご降臨の姿に

間違いありません」

そう言って、この方は見事に改心されたとの事でした。

私も同じ気持ちでした。

あの教主が

切々とご本尊に訴えた直後の

あの馬の暴れよう、

あれは完全にご本尊、愛染大聖歓喜天があの馬に憑依していました。

私も、この信徒と同様

生まれてはじめて、暴れたあの馬の姿を通し

ご本尊様の、聖天様の、神の大霊体を目撃したのです。

いえ、拝し奉ったと表現した方がいい、摩訶不思議でいて

神々しいものでもありました。

 

愛染大聖歓喜自在天は偉大な大霊体として

生きて、この世に存在されているのです。

何千万、何百万という人々の前に

テレビを通して、軽々と、易々と

至らぬ、私達人間の前に、その尊いお姿を

示現されたのです。

 

でもそれと同時に私は、

教主兆象が愛染聖天に祈願して起きてきた数々の奇跡は

あの馬が憑依されたような現象をもって、皆行われてきたのだと

とも感じました、

そして

「よく教主兆象に調伏をかけられた人間が、たまたまかどうかは

しりませんが、死んだり、狂ったり、破滅したと

信徒から沢山報告を受けてきたが、

あんな風になって、死んだり、狂ったりとしていったのだろうか?」

そう悟ってしまったのです。

そう悟ると、私は何日か正直眠れなくなってしまったのです。

しかし、この体験が理事として私の

聖天教に対する信仰心を、絶対的に更に深くさせたのは

確かです。

それほど、この上もなく、恐ろしくもあり

有難い、生きた神の体験でした。

 

私はこの冬の大祭にあたり

教主兆象とご本尊愛染聖天様が共に今年一年起こされて来た

奇跡の偉業をこの体験と共に振り返りながら

この大祭に臨んで行こうと強く思っています。

そして荒れ狂う馬の体を通して目撃体験した

あの愛染大聖天様の命の光と

通じ合い、共になりたいと

心よりそう強く願っています。

 

どうか信徒の皆様も教主兆象とご本尊様の偉大な事績を

この大祭で振り返り、そしてご自分の信仰を見つめ

今年一年の感謝をよく教主とご本尊様に奉りください。

大祭によりその喜びを

絶頂にまで高ぶらせ歓喜した

女天の奇跡と導きに

身と心が一つになるような大祭にして下さい。

 

 

聖天教本部代表 兆象千宰

 

 

 

【抱負】


 

聖天教、要するに私の秘法に於ける世界観(曼荼羅)は

特殊であり、且つそれこそが世界の宗教の求めてきた問いに答えを

与えるであろう真理そのものであると私は自負している。

だからこその奇跡の結果を

不可能を可能にするその工程を

私は信徒の皆さんの眼前で確かに繰り広げてきた。

故に、

その結果は

我の、聖天教の真理の世界の正当性を充分に裏付けするものとして十分。

だからこそ、他には成す事の出来ない見事な神との感応導交を私は可能にし

数々の奇跡を信徒の皆々の眼前で

白日の下に於いて証明することを可能にして来たのである。

 

真の真理がある故になのである。

 

我々は現実という夢、夢という現実の中で輝く意識なのである。

例えていうと

信徒の皆は睡眠し夢から目覚めた時、その夢の中で様々に展開された

登場人物とのやり取りに於いて、

腹を立ててみたり、喜んでみたり、悩んでみたり

それはそれは夢の中では沢山の想いを創出した事を感じながら

「夢か、、、」と漠然とやり過ごすはずであるが

気が付いて欲しい、なんとその夢で展開された事は

全て貴方の体内で繰り広げられたドラマなのである。

貴方を喜ばせたり、悲しませたり、怒らせたりした、

全ての登場人物、背景等その全てがそうなのである。

では目を覚まし覚醒し

広大な宇宙の中に意識し生きる我々は

本当に現実の世界に生きているのであろうか

現実なのは確かである。

しかし、我々の眼前に広がる広大な宇宙そのものが

夢の中の自分のように

自分だとすればどうであろう。

もしそうで無いとしても

我々の個々の意識はなんと驚く事に

同じ空間世界を共有し生きているという一点から考えていても

我々の意識は個々の視野を通し

共通の何かを共存し合っているという現実は避けられない。

 

宇宙という広大な箱の中で確かに産まれている

我々「意識」

 

聖天教では

現実という夢が展開される世界

要するに自己の世界(曼荼羅)

我を取り巻く宇宙そのままを捉えた世界として定義付けているのである。

 

その始まりは空である

我が内心の空と

夢と同じ構図であるからして

我を取り巻く我が内心を反映する巨大な空

 

我が目を開けた時、それは始まる

 

空に意志が生まれ弥勒菩薩の風が生まれ、

その風は観自在菩薩という心の火を産む、

全ての展開は呼吸する如く

肌が虚空とすり合う如く

我が内心の巨大な空と

摩擦しあい

集合する事から発生して行くのである

その集合は

意識であるが故に

まさに

愛なのである。

そしてそれはやがて

大きな音をたて

様々な如来の登場と供に、九つの意識と

様々な感覚を生み出していくのである。

そしてそれが法界体性智としての

その全てが一個の

胎蔵界と金剛界の

大日如来として確信された時

 

聖天教の世界観では

この時点で

現実という夢である世界観は

愛という集合の結晶であるはずの

大日如来は崩壊を始める。

 

ただ一人の世界故にである。

 

我が内心の曼荼羅の仏を

頭上に展開する宇宙と

我の肉体の内面を顕す

地球の表面に座す大日如来の世界は

 

もの凄い速さで

星は広がり

取り囲む自然の風景は荒廃を始める、

宇宙は伸び切り纏まりを失い。

大日如来である我の心に

憎しみや怒り、悲しみ等

愛の充足たる暖かい感情と

感覚はその逆を辿り安定を失いかけるのだ

 

内心の大日如来から感じる我は

宇宙を助けたいと思う。

広がり崩壊を始めた

宇宙から見る、もう一つの我は

中心に座す大日である我を助けたいと願う。

 

その時である。

 

僅かに

胎蔵界遍智院の上の釈迦院の中心から

既に獲得し

まさに崩壊せんとする五智四身に

救済の悟りの智慧が下された事を感じるのである。

 

助けたい。導きたい。

その菩薩の悟りは輝く。

 

この世界は現実という夢である。

皆も私も己の夢である限りは

意識が通じ給うれば

それはまさに自在の世界である。

夢の中で空を飛んだりしたことも人間ならばあるであろう

それである。

 

ぞの自在故の奇跡が釈迦院の救済の世界で

まさに展開されるのである

 

我の内面である天空が

一人の大日如来を助ける為に

女天の大日として

その崩壊を救うべく

天空そのものをその肉体に内包し

出現するのである。

 

その時

先程の全ての意識と感覚を司る蓮華の菩薩と如来は

一つ一つの意識に溶け込み

意識、三昧ゆえに支配する修羅、人間、

地獄、天、餓鬼、畜生道を越え、

まさに人智を越えた素晴らしい感覚を獲得したが故の

三千世界を創出し、その上に君臨する三昧と世界を獲得すると、

やがて見事な

五相成身の境地を創出するのである。

 

女天と男天の愛なるが故に

 

世界はまさにここで救済され

永遠の世界が約束されるのであるが

 

しかしである、

二つの如来が愛し抱き合う

理想の世界の頭上に

まだ浮かばれぬ

先程の負の意識ゆえに漂う

星々と次元があるのを私は感じる。

 

その世界は眼前では遠くにあるが

実は

二人の内面に確かにある

先程の迷いの心

悲しさの心の残像、

その負の心の世界を探れば

それが存在する世界では

私と信徒の住むこの人間界のように

実はもう成就し

二人なのにも関わらず

一人なのである

しかもそれは

何万という意識に分裂し

憎みあらそい、時には愛し、また憎むを繰り返している

 

そこに私ははっきりと見るのである

信徒それぞれの悩める意識を

 

そして信徒とどまらず

その途方もない数の

個体に別れたゆえの

意識の分裂と乱れを見て

 

私は如来の心に戻ると

二人の如来は

二人の救済の意識を更に高める

いや

その姿は完璧な

世界を創るには

至らなければいけない

成長の一部であるのだという

達観のもと

 

ここに於いて

双身大聖歓喜天に変身を遂げるのである。

 

理智妙冥合を姿とす

既存の聖天の曼荼羅世界を

もう一つの理智冥合なる世界を

夢である自在の世界故に

創出させ

その強力な自在、奇跡、の救済の力を

その世界の中心故に

如何無く、自由自在に発揮される

神こそ

 

この曼荼羅の世界の

そして我が聖天教の主

聖天様であって

 

この全ての煩悩の救済を可能にするという

強い意味合いから

 

私は愛染大聖歓喜天と特別にそう呼ぶのである。

 

この主を我ら信徒の心に戴く

自在の曼荼羅の世界が

聖天教の世界曼荼羅なのである。

そして

この曼荼羅を永遠にし

愛自在という

絶対的テ-ゼを産んだ

御方こそ

誰であろう

 

曼荼羅の絶対的救済の具現者であられる

女天様なのである。

 

この世界は

男天と女天が

その意識を愛し合う男女そのままに

美しく悟り合い

導き合う事によって創りだされる

愛の導きの世界であり

それにより

全ての負は癒されていくのである。

(一部の至らない行者の云うSEXなどという厭らしいものは無い

神であるが故に、至高の愛が展開される

それは全て崇高であり、倫理的である、道義的であり

寛容なのであり、意識を交換するだけで

高潔であり、清純な愛が醸し出す

大いなる善による満足を常に生み出しているのである

時にその愛は父であり母であり親友であり

そしてやはり神であるのだ)

 

故にこの宇宙は

我々がパンと手を叩けば

その音は全て聖天様の愛の導きに向かって

響いていくのある。

 

なんの意味も無いと思う

コップからこぼれた

水の行方さえもそう導かれる意味を持つ世界

 

それが聖天様が導く世界なのである。

 

この全てを創り、

夢である現実に

全ての意味と愛と自在を

垂れたもうた尊い御方である女天様を

祝わずして

なんの聖天の信徒であろうか?

 

そしてこの慈悲の神を讃え

もう一度深く

ここに上梓した

曼荼羅の世界に心をやり

 

あ-この世界は自分の世界であるのだなと

達観し

更なるそれぞれの成就への成長につなげていくべきだと

私は強く思う。

 

だってそうではないか

例えば自分の夢の中で

この夢は私の世界なのだと思いながら

登場人物を

深く愛し

その世界に浸った時

そこで感じるものは

如何ともしがたい

最上のものではないだろうか?

その夢の世界たるや

愛ゆえの自在を確信しているならば

どう最良に素晴らしく展開するのであろうか?

 

そのような世界を

この大祭に於いて

私は信徒の皆々に

女天様を供養する事によって

現実に実感し展開させて欲しいのである。

 

そのような奇跡を実感する事が出来る事

それはなんと素晴らしいことであろう。

私はそう思う。

 

それが出来る至高の愛の神が女天様なのである。

 

故に冬の大祭はこの聖天教にとって

まさに最上深秘の二大行事の一つでありえるのである。

 

だからこそである、

信徒の皆様にはこの期間、御本尊様に対し

壇上を飾り浴油の妙供を備え、懇念を抜きんでて秘法を厳修し奉らん

この聖天教教主兆象大宰の観行の床に

どうか心中無二の信心を以って

まさに心ひとつと成るを成し遂げ

供に供養手向け給うらん事を

この冬の大祭に臨み

また有難くも限りない尊き女天を鑑み

ここに教主として

切に願い申し上げる次第であります。

 

(以上の掲載分は私が2017年に寄稿した文章だが

聖天教世界観、私の聖天秘法のなんたるかの断片を

よく表しており、冬の大祭に際し、非常によい教化論として

採用したいと考え再掲載させて頂いた。

大祭後この文章は、改めて「聖天教言葉の項」

に掲載し、いつでも皆が見れるよう

ホームページ上に留めようと思っている。

余談だが、諸事情により遅れているが

私は、聖天教のきちんとした礼拝作法を上梓したいと

考えている。

信徒の中では、私の言葉を、常に読み

聖天教信徒として教化練磨に勤しんでいる

篤信な方も多いが

礼拝作法が信徒それぞれの手元に届いた時

それに従って行う毎日のお勤めに

上記の私の教化論は、必ずや

きっと皆と御本尊様との深い感応の実現の

手助けとなりましょう。

教化を根幹とする成就程

尊いものはありません。

その成就とは、

まるで暗闇が覆い惑わす人生の道にあって

燦燦と輝く聖天の智慧の灯篭を手に入れたのに

等しく、

それは決して崩れる事の無い神々しいまでの

成就なのだ)

 

 

合掌 聖天教教主兆象大宰

 

 

 

追伸

※私は祈祷を実践の場に常に身を置く者であるがゆえに

いつも観行の床に於いて成される実体験が全てになる。

だからして表現が現実の行法に於いての瑜伽観的なもの

になってしまう事をお赦し願いたい。

解りづらい事と思うが

心を開き、心で読んで貰えれば

もしかして理解が早いかもしれないので

得心せぬ時はそう試してみて欲しい。

※旧暦仕様の関係上

例年より時期が大幅にずれてしまった事を

お詫び申し上げなければなるまい。

2019年春の大祭からは

旧暦と新暦の周期と大祭の時期の都合を

良く調整して

大祭に臨んで行こうと考えております。

※冬の大祭は聖天教の二大大祭の一つである。

御本尊様の為

皆で例年にも増して良い大祭にして欲しい。

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