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お知らせ

2015年06月11日

聖天教

信徒の皆様には、振り返れば半年も言葉の更新をしておらず誠に申し訳ない事をしてしまった事、まずはお赦し願いたい。
さて皆様も、もうお見知りおきの事と思うが、ホ-ムぺ-ジを新しく書き換えた。
更新を半年も明けた理由がこれだけにあるわけではないが、これ以外でも、近ければ五年後の宗教法人取得に向けて本格的取組に奔走していたという理由もある。
どうか本当赦して欲しい。

私の本分は、聖天教の布教を支える実質的な活動の前にやはり、信徒の皆の心願成就を成し、大愛の解脱に導く大道たる
唯一の方便である、浴油祈祷である。
私は、この半年の間も、一日三時間から四時間にも伸びた毎日の浴油を欠かす事なくこれらの事にも奔走し、両立を図っていた。
私の祈祷は命掛けである。
それ故、一つの印、一つの呪文、一つヨーガの境地にも三時間から四時間の間、手を抜く事などはない。
常に、その三身に五智の光を宿し、
己の口から発する文言、吐息、
己が心が写す外界輪廻の景色と我が心が発する光、そして
己が纏う仮初めのこの身から発し、また感じる光と歓び、
その全てを
無限の美と歓びと智慧と理、愛と幸福、として無限に産み御とし、発光し、また我に写し、内包する永遠の愛の遍満を見事なまでにやってのけるのである。
まさにこれこそが菩提にして、大霊、真理であり、自在、そして大愛、即ち、この世界観たるは宇宙全ての聖天様そのものなのである。
この秘法には何者も打ち勝てはしない。
私の祈祷を供に体験した一部の信徒なら理解できるであろう。
この真理そのものの境地を会得し、常に、無限であり、到達点など、無いに等しい、広大宇宙に身を置き、またもって常に、新しい悟りに随喜する深秘体現の秘法を。
これがいよいよ力強くこの世に生まれ出でた、聖天様の御意志そのものの社「聖天教」の教主であるこの兆象大宰の祈祷なのである。

沢山の私に対する批判は知っている。
しかし、信徒の皆様は良く知っていると思う。
私程、聖天様に愛されている者はいるだろうか?
私程、聖天様の導きにあった者はかつていたであろうか?
私程、聖天様を己の欲、命をすてて、その魂を身を宿したかのように
どんな批判、嘲笑にも屈せず、聖天様を愛している者はいるだろうか?
その証拠に
私の祈祷にのみ、奇瑞が現出されるのは何故だろう。
私の道にのみ、聖天様が時折直接降臨し直接のお声で導かれるばかりか、この聖天教たる名前まで、不思議な現象で指示し、命名して下さるという光栄なる導きに預かれるのは何故だろう。
私にのみ何故、沢山の予言が下され、的中するのであろうか。

(余談だが先日などは、祈祷中に
私に青い光と白い閃光を発しながら、
「お前を知っていた。遠い過去から未来、お前を知っている、ずっと知っている」
という透き通った男性の尊天様の声が私の耳をつんざいた。
「あ-尊天様だ」と有難くも祈祷を終えた時同じ言葉をどこかで聞いた事を思い出した。
私が尊天様と出会ったきっかけになった、もうお亡くなりになったが、高野山で
仏と話せると有名なお方で、十三才から魚と肉を一切食した事のない方なのだが
その方が、今でも鮮明に覚えているが、夕焼けに染まったお堂の前を通りかかった私に、
90度にまがった腰のままお年寄りの身でありながら
待ちなさい、待ちなさいと全速力で私に向かってきて
「あなたは聖天様とあっている。過去も未来も一緒だった」
そう告げられた日の事を覚えている。後から、そういった能力のある方だと知って驚いたものだ。
仏様の言葉は一部の人に選んだ内容しか言えないのだそうだが
私に尊天様は伝えろとおっしゃられたそうだ。
そして、今私は、夢や祈祷、御神籤、思念を通し
聖天様と毎日お話しをしている。
不思議な尊天様との初めての邂逅であった。
実はこの言葉の草稿も、まだ書いては成らない内容があるとの尊天様の御命令が
あり、上記の奔走した経緯、理由について大分割愛したのだ
尊天様のお言葉は時間が経っても必ず実行されるのでそうしたのだ
あの仏とお話しが出来た尊い方が亡くなられ、今私が仏と話している
全てはあの日から、あの言葉から始まったと思うと
誠に不思議なものである)

毎日の浴油にて、祈祷も深まりが頂点にたっした時、私が必ず感じるのは、我の慈悲と尊天の慈悲が一致した時
次元、空間、時間を越え、我の願いを事細かに心中で念せずとも、もう既に我の深層意識全てを尊天は知っている
信徒一人一人の思いも、私の思いの断片を拾い上げ、細かな断片を抒情的な物語一冊を読み上げるように一瞬が永遠にまで感じるように拾い上げ同化して行く、
そしてその時必ず思うのだ、
百億光年の遠き光から、百億ミクロンの微細な世界から、尊天は現れ我々の願いに応じ救いに現れる。
それは我の願い、慈悲の心に応えて。
そして、その応えに感応した瞬間、私はいつも悟るのだ。
私の願いは尊天の願い。私の悩みは尊天の悩み。
信徒が我に救いを求めて来た理由、それはその者が尊天を求めたのでは無い
我を通し、尊天がその者を救う事を遠い輪廻の世から、我も信徒も願っていたことなのだと。
信徒一人一人とは、私と供に、遠い昔から、尊天様から約束された誠に尊い存在なのだと。
それ故に私も信徒を見捨ててはならないのだ。
そしてその素晴らしいこの愛の出会いの輪廻の因縁を、
尊天様から見たら、シャボン玉が破裂する程の短い時間に生きる我々のこのはかない現世で、美しく実現して行かなければいけないのだと。
そして、我が開いた聖天教も、それは私が創ったように見えて、それこそが現世こそに生まれた我の自分よがりの存念であって
それは、まさに全くが聖天様の意思そのものであって、既に遠い未来と過去から決まっていたものなのだと感じるのである。
そしてこの聖天教は何より信徒皆の意思でもあるのだと。

そう感じ、見えるのである。

それ故、皆に私が直に祈祷した時もう既に私にのみわかっている事がある。それはそれぞれの信徒の性格も判っているので口には出さない。
上記に書いたあの方が誰にでも言ってはいけないとおっしゃっていた意味が今となっては良くわかる。

話はまたいつものことで、随分と横にそれてしまったが、なにが言いたいかというと、半年間、言葉による教化をしなかった事の言い訳になるのだが
それと供に、如何に、私という教主をはじめ沢山の信徒一人一人全員が聖天様から求められ、この聖なる聖天教という社に集まり、存在しているか
そしてその導きは、とても美しく荘厳で かけがえの無い尊いものなのかとういう、自分の存在から心願、魂までも実は、偉大な神に求められた、世にも貴重な存在なのだと
わかって欲しいという事を言いたかったのです。

七月、夏の大祭がある。

感動を呼ぶ大祭にしたいと尊天と供に思っている。

                                   合掌 聖天教教主兆象大宰

追伸
 とても嬉しい事があった。
私が二週間にも及ぶ断ち物をした方が、体の障害をはねのけ
見事元気な赤ちゃんを出産したのだ。
私は今歯医者に行っているのだが、実はこの方の断ち物の期間が
あまりに長く壮絶だった為、栄養が足りず、歯槽膿漏になり
病院にいったら歯を支える部分の顎が半分溶けていた。
でもそんな事はどうでもいい。
私は、私の信徒が光り輝く様を見る事ができたのだ
そんな事はどうでもいい。
本当に嬉しかった。

最後に今年も沢山の私の大きな預言がことごとく的中しているが
これは私の力では無い。
私と尊天と信徒皆の美しい魂の光の賜物なのだ。
だから、信徒一人一人がその事を誇りに思って欲しい。
聖天教に、
奇跡が常に起こり、世の人々一切を救う力が絶えぬよう
深く美しく、絶え間のない、
信仰を
供に求めて生きましょう。

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